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那覇市山下町物語① 山下町とペリーとの関係について、山下自治会の重鎮にレクチャーを受けてまいりました。

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私が住む、那覇市山下町。6年前に引っ越して、すぐに不思議に思ったことがあります。それは・・・

町のいたるところに、「ペリー」の文字が!

 あっちにも

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こっちにも

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保育園の名前にも

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あ、ここの大福、やわらかくて絶品です!

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以前、その理由を、あの黒船で有名なペリー提督が、浦賀に行く前に琉球王国に立ち寄り、その際、山下町すぐ近くの港に寄港した、と小耳にはさんだことがあり、なるほど!と自分の中では解決済みだったのですが。

がしかし、昨夜、その真実が明らかに!

山下自治会定例会後のゆんたくの中で、重鎮(会長、副会長)から山下町の歴史のお話がありました。

戦後、すぐにアメリカによる統治が始まった沖縄。

実は、山下町という地名は戦前からあったそうです。しかし、アメリカは山下という名前が大嫌い。その使用を認めなかったそうです。

なぜ、アメリカは「山下」という名前が嫌いだったのか。それは、太平洋戦争初期にマレーやシンガポールで勇名を轟かせた、日本陸軍大将、山下奉文が嫌いだったかららしいです。

で、「山下町はダメ。ペリー区でいいんじゃない?」と。

また、字の後も1丁目2丁目ではなく、アメリカぽく?A班B班C班D班と。この名残も現在、まだ残っています。

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いや~、勉強になりました。会長、副会長、ありがとうございました!!